自分に嘘をつかない日々

勢いで決めないために、 判断と理由を記録する場所。

疲労が抜けない

最近はすごく体が重いし、週末のサッカーの試合では脛の筋肉が張って、コンディションがすこぶる悪い。

こんな状態のままでは嫌だ。

なぜ疲労が溜まっているのかを考えた時に、体のケアができていないことと、寝る直前まで携帯をいじっていることが大きな原因だと思う。

疲れて帰った日は、お風呂に入ってダラダラ携帯を見ながら寝て、あまりすっきりしないまま朝起きて体も重い。

そんな2、3週間を続けてしまいました。

睡眠は一番大事なことだと理解しているつもりなのに、なぜか疎かにしてしまいがち。
これも自分の課題である「まあ大丈夫」という“過信”なんだと思う。

つい数日前から、携帯は寝室に持っていかずリビングに置いた。
そして、寝る前のストレッチは必ずやることを徹底した。

トレーニングはハードにやっているはずなのに、体が楽で軽い。

こんなにも、ストレッチで体をケアすることと睡眠の質を保つことが重要なのかと思い知らされました。

一旦は、携帯を寝室に持っていかないこと、寝る前のストレッチ、日頃からの体のケアを習慣として落とし込んでいきたいと思う。



あとは、このブログをサボってしまったこともよくなかったと思う。

僕の場合、疲労が抜けないと思考力が鈍り、余裕もなくなります。

そもそもブログを書く習慣がない僕は、余裕のない中でブログを書くことはできないと思います。


ただいつもの日常を過ごして、ただただ悪循環でした。

最初の頃はスタートダッシュでいい感じに行くのはわかっていたけど、いずれ失速してしまうこともわかっていた。

ここでまた、いつものように「もう面倒だからやらない」という選択をとってしまうのは非常にもったいないし、今の自分にも将来の自分にも胸を張れないなと思う。



今年300記事書くことは目標に掲げているから、何がなんでもやり切ります。


何気ない日常を過ごすのではなく、今までと違う自分を常に探し続けていきたいです。

動けば、何かは起きる

やはり、福岡はいい街。

2日目は朝から博多駅で自転車をレンタルして百道浜に向かった。
まず、自転車レンタルのお店の人が親切だった。そこでやっぱりこっちの人って温かい人が多いという仮説が立った。


自転車をレンタルし、百道浜に向かう途中、自転車という乗り物がすごく危ないなと心の底から思った。

レンタル自転車




車やバイクと違ってミラーはないし、場所によっては歩道も車道も両方走れる。危なくないわけがない。

僕は車の運転免許を持っているから、交通ルールや交通の流れ、車やバイクの動きなどはある程度わかっているつもりだ。

でも、免許を持っていない人は交通ルールをどこまで理解しているのか、交通の流れをどれくらい意識しているのか、正直わからない。

結局何が言いたいのかというと、「自分はできている」「自分はわかっている」と過信してはいけないということ。


そして、自転車にももう少し厳しい免許制度のようなものがあってもいいのではないか、とも思った。

いまだに自転車は取り締まりが緩く、軽く考えて乗っている人もいると思う。
そういう人がいる限り、事故は減らないんじゃないかと感じた。

 

普段乗らない自転車に乗ったことで、また一つ考えが増えた。すごくいい経験になった。

 

自転車を30分ほど走らせると、大きなPayPayドームが見えてきた。その先に百道浜が広がっていた。
百道浜を見た瞬間、心がすごくスッキリした。

百道浜

 

 

地元を離れ、大きな海へ、自分の意思で、久しぶりの自転車で来た。
今までの自分なら、きっとしてこなかった経験だ。少しだけ涙が出そうになった。

百道浜でホットドッグとポテトを食べ、天神で美容師をしている友達に久しぶりに連絡した。

ちょうど休憩時間だったらしく、カフェでお茶をした。9年ぶりの再会だった。

見た目は少し変わっていた。でも、それ以上に中身が変わっていた。
久しぶりの再会って本当に面白い。

当時はそこまで仲が良くなくても、時間が経つことで話す内容も性格も変わっているし、その間の出来事を聞くのがすごく楽しい。

以前の自分なら、自分から連絡して会おうなんて思わなかった。
でもこうやって自分の意思で動いて得た経験は、本当に大事だと感じた。

カフェで2時間半ほどお茶をしたあと、一人でマックに行き、2時間ほど食事と作業をした。
福岡にいる間、何もトレーニングをしないのは嫌だったので、筋トレか個サルに行こうと探した。

 

すると、18時半からキャンセル待ちではあるが個サルに応募できた。
応募して20分後くらいに電話がかかってきて、「キャンセルが出たので参加できます」と言われた。

サッカーのズボンは持ってきていたけど、長袖ウェアがないことに気づいた。
できるだけ安く買える店を探した結果、自分の中ではセカンドストリートが一番安くて品揃えもいいという結論になり、自転車を走らせて向かった。

 

今回は貧乏旅行。ウェアにかけるお金は正直痛い。
できれば1000円くらいで抑えたかったが、なかなかいいものがなかった。

諦めかけて最初に見たラックをもう一度見直すと、2000円で自分のサイズに合う良さげな長袖ウェアを発見。購入を決めた。

レジに持っていき、PayPayで支払おうとした瞬間、レジ横に「公式LINE追加で今日使える500円オフクーポン」の文字が目に入った。

すぐに店員さんに「今追加すれば500円オフになりますか?」と聞くと、「はい、なります!」とのこと。

即追加。
結果、1500円でウェアを手に入れることができた。

 

あの瞬間、ちゃんと周りを見ていてよかったと思った。

 

 

その後、博多駅に戻り自転車を返却し、ゆっくりフットサル場へ向かった。
体は鈍っていたけど、少しでも動けてよかった。

 

そこではいろんな人に自分から声をかけた。
みんな優しくて、おすすめのご飯屋さんや居酒屋を教えてくれた。

 

帰り際には「福岡旅行楽しんでね!またフットサルやろう!」と声をかけてもらった。
その瞬間、今日ここに参加してよかった、そして自分から声をかけてよかったと心の底から思った。

そして、そこで出会った7個上くらいの兄ちゃんとインスタを交換した。
「何かの縁なので連絡先交換しませんか?」と向こうから言ってくれた。


「もちろんお願いします!」と答えた。


これもすごく嬉しかった。


話を聞くと、その人はもともと海外を旅していたらしく、「人に助けられてきた」と言っていた。
旅をしたことがあるからこそ、こっちの気持ちがわかるんだなと思った。

すごく勉強になった。

空港に来るとワクワクが止まらない。

空港に来るとワクワクが止まらない。


そう思ったのは今回が5回目。

今日は友達に会いに、成田から飛行機に乗って福岡空港まで来た。
成田空港に着いた瞬間から、自然と気持ちが高まっていた。

飛行機に乗るという行為自体が、普段の生活ではしないことだ。
空を飛ぶことを想像すると、どこか“新しいことに踏み出す”ような感覚がある。
だから空港に来ると、自然と心が動くのかもしれない。

無事に保安検査場を通り、ゲートへ向かう。


寝不足ということもあり、飛行機がちゃんと離陸するのかどうか、なぜか少し緊張していた。

無事に搭乗口から飛行機へ乗り込み、いざ出発。

飛行機に乗るのはこれで5回目。
乗り慣れているはずなのに、機体が動き出すと気持ちが悪くなってきた。  

そして離陸の瞬間。
この時が一番気持ち悪くて、正直吐きそうだった。

気を紛らわすために、あらかじめダウンロードしておいたドラマを見る。
見ている間は不思議と気持ち悪さはおさまっていた。

見終わって少し寝ようと目を閉じたけれど、なかなか眠れない。
諦めて避難ガイドや機内誌を読んだ。

それも読み終わってやることがなくなり、窓の外をじっと見ていると「まもなく着陸」のアナウンスが流れてきた。


もうすぐか、と思いながらぼんやり考え事をしていると、あっという間に着陸。


人生で2回目の福岡空港に到着した。

空港から地下鉄で博多駅へ向かう。


お腹が空いていたが、最近は油物に弱いので、できるだけ優しいものを食べたいと思い定食屋に入った。


牛皿少しと豚汁とご飯。
すごく体に優しかった。


食べ終わったあと、ダイソーで歯ブラシや絆創膏を買い、今はマックで作業をしている。

博多駅周辺は、自分の地元とはまた違った雰囲気がある。
どこか空気が澄んでいて、気持ちがいい。

今回、飛行機に乗って福岡に来た。
それだけでも十分特別なことのはずなのに、なぜかもっと遠くへ行きたいと思った。

海外に行きたい。
その気持ちが、以前よりもずっと強くなっている。

空を飛ぶことは、日常の延長線上にはない行動だ。
だからこそ少し怖くて、少しワクワクする。
その感覚は、新しい挑戦をするときの感覚に似ている。

福岡に来たことで、自分の“外に出たい欲”がはっきりした。
次はもっと遠くへ。
もっと知らない地へ。

 

明日はまだ予定を決めていない。
せっかくなら、自分から動いて新しい出会いをつかみにいきたい。

相手の感情は相手のもの

僕は最近まで、相手に対して感情的になることが多くありました。
例えば、

・運転で無理に割り込まれた時
・サッカーの試合中に削られた時

など、挙げればいくらでもあります。

感情的になってしまい、時間が経ってから我に返る。
ただ、その“我に返るまで”が以前の自分はとても遅かったと思います。

イライラすることは誰にでもあると思います。
でも、ちょっとしたことで反応してしまったり、相手が感情的にキレてきた時に自分も感情的になってしまう。

「相手がキレている=自分もキレていい」

この考えは違うと、今は思っています。


以前のブログにも書きましたが、
この解釈は自分を正当化しているだけなのだと思います。

自分もやっていました。
でも、今振り返るとダサい。
だからもうやりたくない。

相手がキレていると感じた時、

「なんでキレているんだろう?」
「何か嫌なことがあったのかな?」
「余裕がないのかな?」

そう考えられる瞬間が増えてきました。


もちろん、すべての場面でできているわけではありません。
でも、以前の自分に比べたら遥かにマシになっていると思います。

「相手の感情は相手のもの」

この考えに辿り着いたのは、去年の11月。
自分はどう在りたいのかを、時間をかけて考えた時でした。

自分の心の底にある価値観や感覚をとにかく言語化し、
「じゃあ自分はどうする?」
「それはなぜ?」
と問い続けました。

そこから、自分が毎日守るルールを10個決め、12月から実践しています。

そのうちの二つがこれです。

・感情に飲まれない。
怒りや焦りを感じたらまず一呼吸。反射で動かず、落ち着いた自分で判断する。

・境界線を引く。
相手の感情は相手のもの。引火せず、巻き込まれない。

書いてみるとシンプルですが、
深呼吸ひとつで救われる場面は思っている以上に多いと気づきました。


感情的に怒る人や、余裕のない人にはなりたくない。
だからこそ、決めたルールを守りながら生活していきたいと思います。

 

自分の感情くらい、自分で扱える人間でいたい。

刺激が足りないという感覚

最近は何か刺激が足りないと感じることが多くなってきた。
過去の自分から考えると、新しいものや価値観に触れることが大好きだった。

向上心と現状維持が同時に存在している自分が、正直もどかしい。

実際に向上心はあるものの、めんどくさいが勝ってしまったり、手っ取り早く刺激を得られるゲーセンなどに行くことが多い。

ゲーセンに行って刺激を求めるという行動は健全ではないと思う。

 

その瞬間は楽しい。でも帰り道に少しだけ虚しくなることもある。
それでも「まあこれくらいならいいか」と自分を正当化している自分がいる。

虚しさを感じているのに、同じ選択を繰り返してしまうのは、自分の弱さだと思う。

だからダメと言っているわけではなくて、そこにかける時間やお金を他のものに置き換えられないのかと、すごく悩んでいる。

やはり自分は、手っ取り早く手に入れられるならそれを取りに行ってしまう傾向が強い。


物足りなさを感じているのは、日常もサッカーも人間関係も全部かもしれない。
少し前は新しいバイトを始めて覚えることがあったり、出会いを求めてマッチングアプリをやっていた時期もあった。


常に何か新しいものに触れていた感覚があった。

サッカーは努力していないわけではないし、今の生活の中で一番充実している時間ではある。

ただ、今のカテゴリだと思い通りにプレーできてしまうことが多い。
それが自信ではなく、どこか物足りなさに変わってきている。

この感覚はここ1ヶ月くらいから強くなった気がする。


環境が変わったわけでもないのに、自分の中の熱量だけが少し下がっている感覚がある。

その気持ちの根底には「楽をしたい」という思いがあり、楽をした結果どうなるかを深く考えられていないことが原因だと思う。

「楽をしたい」と思うこと自体は悪いことではない。
でも、その気持ちをそのまま行動にするかどうかは自分で選択できるはずだ。

“楽をしたい”“手っ取り早く手に入れられる”そう思った時に立ち止まって考えられる人になっていきたい。


頭の中で考えていても、いずれは忘れてしまうと思う。
前にも書いたが、頭の中を整理するためにこうやって言語化して記録に残しておくことはとても重要だと思う。

今この瞬間も大事だし、きっと将来の自分に感謝されるだろう。


だから今日から、楽な方を選ぶ前に一度だけ問いを挟む。
それを習慣にできる人間になりたい。

体からのSOS

2週間前くらいから、微妙に風邪気味の日が続いていた。
朝起きると鼻はがん詰まりで、喉も少し痛いというか違和感があり、鼻水も多少出ていた。

今年の年始、約1ヶ月前にも同じような症状になり、3週間くらい続いた。
今回も前回とほぼ同じ症状だった。

 

体調が良くないのに、朝6時半に起きたり、筋トレの頻度を増やしたりしていた。

 

そして、おととい。
体が重かった。

それでも外に出て仕事をした。
かなりきつかった。

昼過ぎに家に帰り、脂っこいものを食べたくなって二郎系ラーメンをデリバリーで頼んだ。
食べたあと、1時間ほど寝たらかなりスッキリした。

そのあとはサッカーの練習も問題なく終えられた。


そして迎えた昨日。
練習の次の日だった。


起きた瞬間から、とてつもない吐き気とだるさで立ち上がるのが困難だった。

そのあと15時くらいまで寝て、この日は合計で13時間ほど眠った。
そのおかげか疲労は抜け、胃もたれの気持ち悪さも夜にはほとんどなくなっていた。

前日に食べた脂っこい二郎系ラーメンが胃もたれを引き起こしたのと、疲労が溜まりまくっていたにも関わらず無理をして活動し続けた結果、今回のような状態になってしまったのだと思う。

以前から、二郎系ラーメンを食べたくなる時は自分の調子が悪い時だとわかっていた。
それでも注文して爆食いしてしまった。


今回の出来事を整理すると、体がSOSを出していたにも関わらず無理をして活動していたことでストレスが溜まり、脂っこいものを欲し、二郎系ラーメンを食べ、その結果胃もたれを起こし辛い1日を過ごしたのだと思う。


本当に後悔している。

ただ、逆に疲労のピークと胃もたれが同時にきて、無理に動くことなく安静にできたのは、「もう休みなさいよ」という合図だったのかもしれない。

サッカー選手としてどうなりたいか

以前、チームメイトとの会話の中で、
遠藤航は守備の選手というより、攻撃の一歩目を担う選手だ」
という話が出ました。

その言葉をきっかけに自分でも考えてみて、
遠藤航は、単に守るための選手ではなく、チームを前進させる役割を持った選手なのだと、改めて感じるようになりました。

「自分は本当に点を取りたいのか?」
そう自分に問いかけたとき、正直なところ、
絶対に取りたいというより、できれば取りたい、という気持ちの方が強いです。

だからこそ、0か100かで割り切る必要はないと感じています。
遠藤航のように才能に合った努力を軸にしながら、役割の延長線上で点を狙える選手になる。
それが、自分にとって一番自然な形なのではないかと思いました。

ボランチはアシストも狙えるポジションでもありますし、
その点について自分は特に不満はありません。
この考え方であれば、
欲を完全に殺して才能通りの努力だけをする、
という状態にはならないと思っています。

また、別の指導者から言われた
「才能通りに努力をするなら、まず一つ尖った武器を持つべきだ」
という言葉も、自分の中に強く残っています。

才能に沿って努力をするなら、
まずはボールを奪う能力をとことん伸ばし、
いわゆる“守備職人”として一つ尖った武器を持つ。
そのうえで、プラスアルファとして
シュートも打てるし、ロングボールも蹴れるし、
ドリブルで運べる選手になりたいと考えています。

自分はこれまで、
自分でも「平均値が高い選手」だと思っていましたし、
周りからもそう評価されてきました。
ただ、それが褒められているようで、
どこか物足りなさを感じる評価でもあり、
ずっと違和感がありました。

セレクションなどでも、
そつなくこなせる選手は多い一方で、
足が速い、ドリブルでボールを取られないなど、
三者から見て分かりやすく尖った武器を持つ選手は、強く印象に残ると感じています。

だからこそ、
自分も何か一つ、明確に尖った武器を持たなければ、
評価してもらうのは難しいのではないかと思いました。

サイドバックについても考えています。
ビルドアップのうまさ、
ドリブルで運べること、
1対1の強さ、
ロングボールが蹴れること、
ヘディングが強いこと。
求められるスキルは非常に多いポジションだと思います。

最初は、ロングボールだけでは差別化できないと考えていましたが、
正直なところ、
やり過ぎるほどロングボールを蹴った経験があるわけではありません。
それがどこまで武器になるのかは、
まだ分からない部分もあります。

だからこそ、現時点でサイドバックの選択肢を
完全に0にする必要はないと感じています。

一方で、
真ん中のポジションには
「上手い選手がやるもの」という固定概念が、
自分の中にありました。
それが、これまで好んでやってこなかった理由でもあります。

また、ボランチセンターバックは、
ミスが失点に直結しやすいポジションだからこそ、
どこかで避けていた気持ちもあったのかもしれません。

ただ、今は以前の自分とは違い、
献身的にプレーし、
味方に認められることへの喜びを、
強く感じられるようになりました。

自分が求められる選手になること。
それは、サッカーだけでなく、
自分の中でとても大切な価値観なのだと感じています。

そして正直、
今の県3部というカテゴリーには、
少し物足りなさを感じ始めています。
県1部以上でプレーしたいという欲も強くなっていますし、
数年以内に海外でサッカーをしたい、
そんな思いもあります。